母が亡くなってから3月15日で20年です。
思えばあれから自分の人生は大きく変わりました。
なぜ自分は日本を離れたのか?
その理由を思い出すために書いてみようとおもいます。
それは、昭和63年6月。
母は体調不良を訴え検査の結果再入院となる。
その以前、昭和60年にも一度入院して手術している。
大腸のポリープということだったが、実際は大腸がんだった。
医者と話したのは父なので、詳細はわからないが、母は保険請求のための診断書から知っていたようだ。
この事実、正直父も兄も自分も知らなかった。父は、手術が成功しましたという言葉だけで舞い上がってしまったのだろう。正直このとき事実を知っていればと悔やまれてならない。
再入院で、手術室に入ったはずの母は1時間もせず退出してきた。
がんが腹膜にすでに転移。卵巣のがんも動脈と癒着していて摘出できず。
ということで、その時点で余命6ヶ月と宣告される。
3年前の手術から欠かさず血液検査に通い、進められた経口抗がん剤も欠かさずのみ続けたが、診療してくれた先生が別の病院に途中で変わり、その跡に引き継いだ医者が彼の方針で治療を変え、服用していた薬もやめさせた。血液検査にも定期的に通っていた(腫瘍マーカー)ので、とてもいきなり悪くなったとは思えない。母は63年の1月1日にいきなり嘔吐したり、その後野崎観音神社におまいりした際に石段を登る途中めまいで倒れそうになったりなど、早期に体調不良があったので、本人も医者に訴えていたにもかかわらず、医者は手を打たず手術も6月に行われ、すでに手遅れ・・・。自分は未だに医療ミスがあったのではと思っている。
(実際治療の途中に医者に不信感を抱き談判した。結果は父の腰砕けだったのだが。)